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祇園精舎の鐘の声★清盛公の夢の跡

2021.11.12

昔JR西日本のキャンペーンで、関西3都市を周遊する三都物語がありましたが、三都の都は、都市という意味ではなくて、みやこの都だったんです。

京都は、千年の都平安京があり、大阪には、難波京があり、そして神戸には福原京がかつてございました。

福原京は、現在の兵庫区にあたります。偉大なる清盛公のかつての都は、地名、神社仏閣などで、今でも平家の繁栄がうかがえます。

瀬戸内海交通の要衝大輪田(おおわだ)泊は、現在の和田岬近くで、日宋貿易の拠点でした。

雪御所町には、かつて清盛公の別邸、雪見御所があり、上祇園町、下祇園町は、都を彷彿させる地名です。

雪見御所(清盛の別邸)の北に安徳天皇が福原遷都の半年を過ごした「本皇居の平野殿」
のあったこと、又清盛の子息宗盛邸のあった可能性が当時の貴族の日記の記述でわかっています。発掘調査でも上祇園町には、貴族の邸宅跡の庭の存在が確認されています。

このあたりは、平野と呼ばれていて、平野は、平氏の平からつけられた地名です。

雪見御所の跡です。湊山小学校北側です。雪が見える、優美な屋敷があったのでしょう。

上祇園町の山麓に祇園神社があります。こちらは、京都の祇園神社同様に、ユダヤとつながりがあります。それは、追ってブログでお知らせいたします。

神社のお社です。

祇園神社からの景色です。昔は、大和田の泊から宋に向かって出港する船まで、見えたことでしょう。

現在の荒田八幡神社は安徳天皇の行在所、いわゆる今日でいう皇居であり、境内に「安徳天皇行在所」・「平頼盛山荘」の史跡標石が建っています。

福原遷都は、安徳天皇を奉じてほんの半年で終わってしまいましたが、平氏の栄華は、今でも残り香のように今でも兵庫の地にございます。

かつての都、兵庫区に遊びに来られませんか。

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